ミャンマー人の労働観で感動した一つのこと

ミャンマー人の同僚と日本人とミャンマー人の労働観についての話しをする。

彼らは日本が世界でもトップレベルの経済力があることについて尊敬の念をいだいており、長時間労働、競争、チームワークという観点から日本を見ている。

彼らは経済発展をするために長時間働くことや、自分の職務に限定されない領域まで手を広げて業務を行うことも日本を見習うべき・目指すべきだという考えを持っている一方で、長時間労働よりも家族との時間、他の職務まで手を広げるよりも、専門を絞り込みたいという価値観を強く持っている。

彼らの言葉では「オーバーワーク」ではなく、「スマートワーク」を大切にしているとのことだった。

 

私は前職では長時間労働していた記憶が非常に強い。23時、24時は当たり前という状況であり、心を壊していく人も何人も見てきたし、私も含めて、家族との時間を視界の外に置かざる得ない状況の人も多数いた。

そしてその長時間労働は、小さな観点では売上を守るとか、処理を滞らせないとか効果はあったのだろうとは思うが、大きな観点から見て、経済発展につながっていたのかと思うと非常に自信がない。マーケットが限られており、頑張った分リターンがある訳でもないという感覚が強い。

ただし、数十年前の日本は長時間労働することと経済的な成長がずっと隣り合わせの状況だったんだろうと、ミャンマーに来ている年配の日本人の話を聞いて感じることが多い。

一方、ミャンマーは未開拓の領域だらけで、頑張れば頑張る分リターンを取れる可能性を感じる。もしかしたら数十年前の日本と近しい感覚なのかもしれない。

日本では電通での事件を契機に労働への捉え方に変化が起きているように感じ、「スマートワーク」の方向に舵が切られていると思う。

これから経済発展していく国の人の「スマートワーク」と、発展した次の段階としての「スマートワーク」同じスマートワークという言葉でも、価値観がつくられるまでのプロセスが全く異なっている。

いずれにしてもミャンマーとの対比を日々実感する中で思えるのは、先人の方々に発展させていただいた日本は、絶対的に正解だったのだろうと思う。

一方で働き方に係る価値観が変化する中で、更に両者の価値観を理解できる環境のなかで、どうやって働くのかを自分の責任で決めていく必要があるんだろうとミャンマー人同僚の価値観を聞いていて思った。

 

 

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